Linuxプラットフォーム 最終更新日:平成29年9月7日みんな Linuxer になろう!


お詫び

●もうずいぶん前から当館では迷惑メールに大変苦しめられておりましたため、これまで公開しておりましたメールアドレスは、現在、全く受信できないようにしております。 御了承ください。
なお、当館へ御連絡がある場合は、電話でお願い致します。
TEL:0855-93-0795

●昨今のインターネットを用いた検索技術の向上のために個人の情報を他人が容易に入手できるようになった現状を懸念して、当館のホームページではなるべく個人や団体組織の実名を掲載することは控えさせていただいております。 御了承ください。


★当館のコンセプト…「知識は結果ではなく過程」
分け隔てなく多くの人たちがつどい、地域の自然の情報や資料を持ち寄って自主的に調べ答えを出していく、こういった探求的で発見的な学習活動の場を醸成していきたいものです。





(H29年9月7日記載)

大気現象の科学!・・・・雲海の彼方に三瓶山にかかるレンズ雲(笠雲)
(平成27年10月初旬早朝 邑智郡川本町三原 丸山山頂から三瓶山方面を望む)


 学校関係が夏休みに入ってすぐに、Linuxをインストールして使っているハードディスクをパソコン本体からはずしてWindowsをインストールしているハードディスクに取り替えました。 館へやって来る子供達に当館の自作パソコンを使って伸び伸びとゲームをプレイしてもらうためでしたが、このためLinuxで使っているメールソフトが使えなくなってあっちこっちの方々にご迷惑をおかけしました。 この場をお借りして深くお詫び致します。

 今年の夏は大変来館者が少なくて大変さびしかったです。 学校関係が夏休みの間、当館では毎週土日曜日に薄片を作って顕微鏡で観察する会をやったのですが、参加者は市内から小中学生が四人、出雲市内から小学生と保護者が二人の計六人だけでした。
 フズリナやサンゴを含んだ石灰岩や来待石などの比較的柔らかくて研磨しやすい岩石を使用しました。 肉眼でははっきり見えない小さな化石が薄片プレパラートを作って顕微鏡で見るとその内部組織が大きくはっきりと見え、子供達は大変驚いていました。 ここに一対の発見と感動が生まれていました。
 我が郷土は、やはり ”科学欠乏の町!?・・・・”という感に陥ってしまった。

 学校関係が夏休みに入って間もなく、去年、オーチャクな自由研究をやってそれが市の科学作品展に出たという中学生がやってきて、今年も当館で自由研究をやりたいというので、今年は真面目に熱心に取り組むのかと期待してけれど、やっぱり、いい加減で、特に今年は態度が悪くどうしようもなかった。
 とにかく本人の頭で考えようという気がぜんぜんなく、わからないことがあったら筆者に質問しろと言ってやったけれど結局最後まで一つも質問がなく、筆者が言う答えらしきことをそのまま書き写してしまうだけだった。
 一体どういう動機で当館で自由研究がしたいと言って来たのだろうかと疑問に感じた。 おそらく当館の自作パソコンでゲームをやりまくりたかったという下心か、それとも今年もオーチャクな自由研究をやって市の科学作品展に出してもらいたかったという下心からか、、、、、何ともガッカリする思いだった。

 この夏も「風の国」の天体観測所で星の観察会を予定していましたが、望遠鏡周辺の電気回路が故障し、望遠鏡をぜんぜん駆動できなくなってしまって観察会を中止するはめになってしまいました。

 まこと今年の夏は何もかもに気落ちする暑い夏だったです。 筆者の家族がずっと入院中で毎日病院通い、7月下旬に市内であった市民マラソンでも携帯電話を入れたウエストバックを腰に巻いて参加するはめになるなど、とにかく元気の出ない暑い夏だった。



 ← 山陰中央新報社の記事
     「素粒子から宇宙へ」

 筆者はあんまり新聞を読みませんが、毎週日曜日に掲載される「素粒子から宇宙へ」という記事だけは熱心に読んでいます。
 先日掲載された記事の中にも大変共感する内容のもの(赤枠で囲んだところ)があったので本HPに出させていただいた。

 わからなければ、わかるまで自分の頭で考え抜く、、、、こういう姿勢がやっぱり大事であるはずです。
 この夏、当館へ自由研究をやりに来た中学生のように、わからなければ、人が答えを教えてくれるまで忍耐強くじっと待つ、、、、ではどうしようもない。
 最初から自分の頭で考えることを放棄してしまうような子供達にどう対処すべきかを強く痛感させられました。

 左の記事を書かれたS大の先生は、一つの積分をするのに三日間かかったということですが、筆者などは微積解析関係の問題一つを解くのに三ヶ月間を要したことがありました。 しかし、苦労して解き明かしたときの喜びは何にも代えがたく、その後の修学の強い動機づけになりました。

 地質学などはフィールドの発見学習として絶好の分野であるのに対して、数学や理論物理などは机上の発見学習として絶好の分野だと思います。
 そういう意味で、筆者は今でも、一見何の役にも立たないんじゃないかと思えるような難しい数式の問題を解いたりするようなことをやってます。 一つの数式を何日も何週間もかけて考え抜いて解き明かしたときの感動は何とも言えません。 まこと若さが蘇ってきたような感じです。
 人というもの、年をとるとやたら古臭い因襲やしきたり、自治会関係の仕事などにこだわるようになる傾向がありますが、自分は年をとっても常に新しい知識や技術を修得できる柔軟な頭を持ち続けたいです。



              大きな画面で伸び伸びと・・・・ →

 今年の夏は、二十周年展「野外で実践! 発見学習」をやったのですが、見学に来られた方々は、自由研究や薄片観察会、自作パソコンゲーム大会で来られた小中学生や一般の方々だけでした。
 大変さびしい特別展になりましたが、出雲市内から来られた子供や一般の人達は大変関心して見ておられました。 展示してあるものが、郷土の自然を対象にした、「発見学習の血と汗の結晶」ばかりであることに目を見張っておられました。

 当館は、トタン張りの世界一粗末な博物館ですが、他に類のない特色を持った中身の濃い社会教育的な施設だと自負しています。

 相変わらず世の中は「箱物主義」で、 ”外見がよければすべて良し” といった風潮が強いです。 しかも、アミューズメント化が顕著で、社会教育施設なのか娯楽施設なのかわからないようなとこが多く目立っているような気がします。
 また、最近はマスコミ関係の団体が博物館や美術館を使って展示イベントをすることが多くなっているようで、人脈・金脈・政治力をバックに相互の癒着がはなはだしくなっている感じがしてます。
 先日も山梨県の方で高い社会的地位のある人達が人脈・金脈・政治力に頼った不正をやっていたりして、現代の日本の社会のブルジョワ志向が過度に行き過ぎた実態を目の当たりにする思いです。




(H29年7月26日記載)

マグマの上澄み液・・・の痕跡!?
(邑智郡美郷町銅ヶ丸鉱山)

鉛筆より下位が花崗岩質岩石、その上位が珪長岩に似た緻密な岩石

境界はシャープでなく、互いがまだ未固結状態のときに接したような境界で、ちょうど暗色包有岩のような同源捕獲岩の輪郭や同じマグマに由来する同源岩同士の境界に似ている
 4月から6月にかけての三ヶ月間、毎週日曜日の午後に「銅ヶ丸鉱山の鉱床のでき方を発見的に探求する観察会」を実施したのですが、少数精鋭の大変中身の濃い観察会ができました。 開催期間中、江津市内から一人、大田市内から二人、津和野町内から一人、奥出雲町内から一人、そして東京都内から一人の参加者がありました。
 筆者が撮影した参加者の方々の写真をHP内の「みんな銅ケ丸鉱山へ行こう!」のページに追加しました。

 このたびは開催期間中に筆者の身内が急に病院へ入院という事態があり、大田市から参加していただいた方(今までに何度も銅ヶ丸へ行かれた方)に他の参加者の案内をお願いすることになったりした。
 また、大田市から参加していただいたもう一人の方からは、ご本人の砂漠の緑化に関する著書や大田市内の歴史に関する調査研究の成果をまとめた文献をいただいた。
 また、津和野町から参加していただいた方からは県内の銅山開発に関する貴重な古文書を多数拝見させていただいた。 
 また、はるばる東京都から参加していただいた方からは、北海道産や長野県産、静岡県産の貴重な岩石資料を多数いただいた。
 このたびの参加者の方々には、この場をお借りして厚くお礼を申し上げます。

 上の写真の露頭は、鉱床に近い付近の谷川沿いに見られるもので、谷川の下流側に花崗岩質岩石の岩相が、上流側に珪長岩に似た緻密な岩石の岩相があって明瞭な岩相境界になっています。 この珪長岩に似た緻密な岩石の露頭を上流側へ追跡して行ってみると、この岩相中に次第に黄銅鉱などの金属鉱物が含まれるようになって岩相が漸移的に微妙に変化しながら鉱床へ至ります。

 いわゆる「結晶分化」とか「相変化」といった知識は、岩石学や鉱物学、鉱床学などの専門書にちゃんと出ていますが、完成された知識を文献などから短絡的に知って終わり、で済ませてしまうのではなくて、過去に科学者達が苦労して導出した科学的な知識を自分達も豆科学者になって少しでも追体験しながら発見的に導出してみようという努力が大切だと思います。
 とにかく最近はインターネットの検索技術が高度に進歩したせいで、猫も杓子も検索検索、検索ばっかりで、どんどん短絡志向の人間が増えていっているような気がします。 これじゃあ、科学の知識をその結果だけを学んで終わり、という子供達がどんどん増えていって、逆に科学を体系的に学んでいこうという子供達が減っていくばかり、という気がします。


石見銀山よりも・・・・「鉱物の科学展」
(平成19年夏 江津市桜江町坂本の博物館施設にて)

 石見銀山が世界遺産に登録された平成19年の夏、当館は桜江町坂本にある博物館施設に「石もひと役展」と合同で「鉱物の科学展」をやりました。
 「知る人ぞ知る、知らない人は全く知らない」という特別展でしたが、来館された人達から「石見銀山よりも、ええのお〜」と言われたことがあったそうです。

 ホコリをかぶるような露出展示で、ちょっと盗難の危険もあったのですが、この展示は鉱物の基本的な物理的化学的性質と県内外の主だった鉱山の概括的な特徴を当館が収蔵している標本を使ってやったテーマ展示でした。
 一ヶ月以上前から展示の構成をあれやこれやと練って、パソコンの前でうんうん唸りながら解説文の内容を考えました。 そして夜遅くまで解説パネルやネームプレート作りをやりました。
 展示室では暗室作りもやり、けっこう苦労してやった展示でしたが、来館者の方から「石見銀山よりも、すごくええ〜」という感想をいただくことになり、自分の苦労が少しでも報われた感じがして大変嬉しかったです。 「ようし、次回もがんばってやるぞ〜」という気持ちを強く抱きました。
「鉱物って、なんだろう」のコーナー
「光る鉱物コーナー」の暗室

 このころ石見銀山では世界遺産登録で連日大勢の観光客が訪れていて、恐ろしいほど賑わっていたわけですが、父といっしょに松江や大田の病院へ行った帰りによく立ち寄りました。
 世界遺産登録に貢献された中心的人物で大森町で大きな会社をやっておられる方が、父のいとこにあたる親戚であったという理由もあって、世界遺産に登録される少し前から父は大森町内に当館の収蔵資料を使って「鉱石館」を開設したいという希望を持っていたようです。
 当然、N氏の人脈の助けがあれば実現できたかもしれません。 しかし、このころ父には脳梗塞の後遺症による認知的な障害があって、周囲からまともに相手にされなくなっていたようです。

 父は生涯に三度も癌の手術を受けましたが、それぞれの癌自体は転移性のないものでほとんど問題なかったのですが、亡くなる一年前から三度も脳梗塞を起こし、最後の脳梗塞が致命傷になりました。
 脳梗塞の再発さえ気をつけておれば、父はまだまだ長生きできたと思います。 もしかして「鉱石館」開設十周年を迎えることができたかもしれないです。


町の景観を損ねて20年
★個人立の自然館 7月19日で開設二十周年

 平成9年7月19日土曜日に当館はオープンしました。 今月の19日で開設20周年を迎えます。 しかし、筆者はこの日、大切な用事で松江方面へ出かけていたので、オープンの日の様子は全然知りません。

 筆者が益田市から我が郷土へUターンして一年経ってから作り出し、およそ一年四ヶ月かけて完成させたもので、持山の杉の木を切り出すことから始めてやった完全無欠の手作り博物館です。 当時の状況を写した写真が一枚もないのが残念です。
 当初は、自然館の建設場所を同町坂本にある博物館施設(上記の施設)に隣接している空き地に建てたいという要望を町へ出していましたが、町会議員から「景観を損ねる」という理由で却下され、現在ある同町大貫に建てることになったものです。


開設当時の自然館全景(平成9年夏撮影)

 ← 受付でくつろぐ故反田一之(平成9年夏)

 開設当初、館の受付付近にはたくさんの博物館グッズが置いてありました。 受付の後ろには畳が敷いてあって、父は来館者がいないときはよく畳の上に寝そべってくつろいでいました。

    ↓ 砂岩頁岩凝灰岩の互層
     (松江市島根町大芦の海岸 平成9年7月21日撮影)
    
 当館がオープンした日、筆者は朝早く松江市方面へ出かけました。 本来なら、前日に出かけてその晩はノツ旅館とかアー○ンホテルとかといったところに宿泊すべきだったんでしょうが、筆者はオープン前日の夕方までオープンの準備を父といっしょにやってました。
 オープンの日、当館ではたくさんの来館者で多いにぎわっていたんでしょうが、筆者は松江市内の冷房設備などない蒸し暑い学校の教室の中で汗をダラダラ流しながら筆記試験や適性検査、小論文に挑んでいました。 まこと自然館での華やいだ状況とは対照的な悲惨な状況だったです。
 松江での用事は三日目の午前中に済んだので、久しぶりに市内在住のころによく出かけた島根半島大芦海岸の「鬼の洗濯岩」あたりへ出かけました。 現在、日本ジオパークへ申請されているフィールドに属している地域ですが、とにかくすごい爽快な地質景観の広がっているところで、市内在住のころ気分転換によくやってきたところです。 

★二十周年 夏の催し
   日時:7月22日から8月27日までの毎週土曜・日曜日 午前10時〜午後5時
   場所:小さな自然館(桜江町大貫)
   料金:無料
   連絡先:0855-93-0795(小さな自然館内)

✪自然館二十周年展 「野外で実践! 発見学習」
 科学の知識をそれが導出されてきた過程を少しでも追体験しながら発見的に学ぶ、こういった結果よりも過程を重視した活動を野外で実践しながら地域色のある博物館づくりをやってきた二十年をしめくくる展示です。

✪少数精鋭の観察会
「薄片を作って岩石の組織を顕微鏡で見よう」
 岩石の組織を偏光顕微鏡で観察するための薄片プレパラートを製作していく全工程の作業を体験する実習観察会です。 化石を含んだ石灰岩や来待石など比較的柔らかくて研磨しやすい岩石を使用します。

 募集人数:毎回3名程度
 料金:無料
 申込み:希望日の前日午後5時までに電話連絡してください

 岩石の同定には偏光顕微鏡による観察は必須で、そのための薄片プレパラート作りも当然必須ということになります。
 硬い岩石を研磨して光が透けてみえるくらいの薄さにするには、大変根気強い作業が必要で、さらに研磨した薄片にカバーガラスを接着する作業は大変難しく至難の業です。
 薄片作りがうまくなるためには、何度も失敗と成功を繰り返してみることだと思います。 試行錯誤しながらやってみませんか。
   

✪目覚めよ! スマホ狂いの子供達
自作パソコンをみんなで囲んで伸び伸びとプレイしよう!
 最近の子供達は、やたら猫の額のような小さな画面を指でなぞって遊んでいることが多く、完全にネット依存に陥っている。 まるでインターネットに飼い馴らされているといった感じです。
 以前から当館に常設している4台の自作パソコンを一般に無料で開放しておりますが、近所の子供達がやってきてパソコンを使ってすぐにやることといったらインターネットで検索ばっかり、これに飽きたらネットゲームや「YouTube」の動画ばっかり。 パソコンで他にやることはないのか、と怒鳴りたくなる心境です。
 筆者が20代〜30代の初頭ころまでは、パソコンには標準でROM-BASICとかN88-BASICという簡易なプログラミング環境がついていて、だれでも簡単なプログラムをつくって楽しむことができ、まだパソコンの中身がわかる時代だった。 しかし、現在では超ハイテクの時代になり、ハイテク機器をブラックボックスとしてしか使えない時代になっている。 ブラックボックスとしてその利便性にどっぷりと浸りきっている人達ばっかりで、インターネットの良いところ悪いところの区別ができなくなっているといった感じです。
 ぜひ当館に来て、自作パソコンを自由に使っていただきたいです。 昔ながらの大きなPCケースのパソコンですが、少しでもパソコンの中身を考えながら使っていただきたいです。
 オンラインシューティングゲームの最高峰「BF1」をマルチモニタの大きな画面で伸び伸びとプレイしてみませんか。

                    申込み:不要
                    料金:もちろんタダ
            





(H29年5月4日記載)

展示室をリニューある?・・・・郷土の自然史発見館へ

 
 このたびの特別展のために展示室をリニューアルしました。 といってもここに展示したものは、これまで市内の博物館施設に展示したことのあるものばかりで、言うなれば”流用品”のようなもので申し訳ないです。
 今年の夏に向けてこれからもコツコツ館内外をリニューアルしていき、館名を「郷土の自然史発見館」へ改名できればと思ってます。

 父は生前中、当時町内にあったイベント企画関係の団体が各地で主催したいろいろなイベントで出店をすることに大変熱心で、そのたびに筆者はその前準備に駆りたてまくられることが多かったです。 しかし,筆者はこのような商売じみたことが嫌いで、このような手伝いは必要最小限に留めるようにして、地域色のある博物館を目指してひたすら郷土の山河を歩き踏査を重ねてきました。 そして開設二十周年を迎えるに際してようやく館名を改名することにしました。
 博物館は調査研究の成果の上に成り立ってこそ博物館だと思います。 もっとも筆者のようなプロの研究者でもなく、陳腐な設備しか持たない者にとっては調査研究ではなく、単なる発見学習にすぎませんが、この発見学習の成果を基礎とした博物館をつくっていきたいと思ってます。

  ← スマホ狂いになるよりも

 GW期間中はずっと当館の四台の自作パソコンを無料で開放しています。 大きな画面をみんなで囲んで少しでもコンピュータの中身を考えながら使ってもらいたいです。

 筆者は、普段はノートパソコン(自作ではなくメーカー製のパソコン)に一番人気のLinuxディストリビューション「Ubuntu」をインストールして使ってます。 当館のHPもテキストエディタでHTMLを直接コーディングして更新しています。
 しかし、オンラインゲームはハイエンドのグラフィックスボードを搭載し、Windowsをインストールした自作パソコンでやりまくってます。 オンラインシューティングゲームの最高峰「BF1」が筆者のお気に入りで、先日も館内で人知れず機関銃を大音響で連射しまくっているところに来館者が来られ、唖然とした顔で玄関先に立っておられました。
 老若男女を問わず、GWは当館へやって来ていただきたいです。




目 次
●手と足でつくる博物館 小さな自然館概要

●すべて手作り 展示の概要

●自然科学の追体験 野外発見学習

●郷土の自然を探求しよう 我が郷土は発見の宝庫 只今、作製中です 

●郷土の火山跡を歩こう 参加者募集ー桜江の火山

●鉱山の自然に科学の目を向けよう 参加者募集ー銅ヶ丸鉱山

●手作り天文台 「桜江天体観測所」


インターネットには二つの顔がある、
いくら科学技術が進歩しても人のモラルがついて行かなければ何にもならない

←「猿の惑星」(1968年 20世紀フォックス)のDVDからキャプチャした画像

不時着した未知の惑星が、実は核戦争で荒廃した地球だったことを知り、愕然とするクライマックスの情景


「続・猿の惑星」(1970年 20世紀フォックス)のDVDからキャプチャした画像 →

「全能なる爆弾よ」
最終爆弾を神として崇拝するミュータント化した人類の生き残り達

←暑い夏、踏査中に見つけたクワガタ虫

先日、館へ遊びにやってきた子供達の一人が、「インターネットをやらせてよ」というので、気安く「いいよ」といってやった。 ところが、筆者が館の裏で三時間ほど作業して準備室へもどってみると、その子はまだネットに接続していたのに驚き、何に夢中になっているのかと聞くと、なんとその子はチャットをずっとやっていたのである。
小学校五年生の子供が何時間もインターネットに夢中になっている様子を目撃して、筆者は愕然とする思いであった。

今の社会には、インターネットでのチャットやオンラインゲームなどの仮想世界の中に自分の生きがいを感じる者が多いという。 生きる喜びを仮想世界の中に感じるとは、実に情けないことである。
人というものは、人間同士の心の交流や緑豊かな自然との触れ合いの中に生きる喜びや心の安らぎを感じることができてこそ、人というものであろう。 生きる喜びや安らぎをインターネットの仮想世界の中に感じるようではどうしようもない。

今は家庭でもブロードバンドの常時接続が当り前になってきていて、仮想世界の中にのめり込んでいく子供や大人達がどんどん増えているような気がする。 また、同時に出会い系サイトなどの普及にともなって男女間の愛情が軽薄なものになってきていて、不倫や不道徳な行為が当り前になりつつあるような気もする。
はたしてインターネットは、人類に明るい未来をもたらしてくれるのだろうか。 一体、インターネットとどうつき合っていくべきか、考えさせられる思いである。

筆者としては、インターネットに過度に依存するようなことだけはしたくない。やはり、泥と汗にまみれた活動こそ人間の活動の原点・出発点であると思っている。 また、人と人との心の触れ合いや友情、愛情(愛欲はほどほどに)も大事にしたいものである。



UNIXライク(UNIXに似た)を目指そう!
世界中でマイクロソフトのWindowsやアップルのMacが家庭のすみずみまで浸透している時代にUNIX系OSのLinuxを厚く重んじている当館は、ちょっと変わった存在である。 しかし、オープンソースは、自己の利益を度外視して世界中に平等に貢献できるものであると確信している。
 正直のところ当館は、あまりインターネットを使っていない。 最近ではメールもほとんど使わなくなった。
正直のところ、インターネットというものに嫌気がさしている。 しばらく先端の技術というものから離れて、スタンドアローンでUNIXライクを目指してみようと思う。 難しいCのソースコードが出てきて、パソコンを使うよりも、なかなか読み進められない本をにらみつけている時間の方が多いのではあるが、やたらパソコンパチパチよりも、このような態度の方が情報科学や情報教育の基本として望ましいのではないかとつくづく感じている。

「個人立」は決して当館の造語ではない!
先日も当館へ来館された方が、当館の看板を見られて、「個人立」というのは大変ユニークだと驚いて言われた。
しかし、この「個人立」というのは、決して当館の造語ではないのである。 8年前に日本博物館協会が出版した「博物館研究5月号」の中に「個人立・日本玩具博物館ー22年の歩み」という題の記事が載っていたからである。

この「日本玩具博物館」は、個人が設立し運営しているもので、スタッフは館長、総務、学芸員、学芸員補、受け付けの5名である。

この記事の中で特に印象に残ったのは、「当館を設立した1974年、この姫路地方には兵庫県立博物館も姫路市立美術館も文学館もなかった。 私は失われていく日本の伝統的な玩具や人形を守り伝えていく砦としてこの地にささやかな施設をつくった。 私財を投じ、人生を賭け、世界的にも認められる内容の玩具博物館を築きあげた。」
筆者はこの記事を読んで大変感動する思いであった。 強い信念を持って、何もないところから形あるものを築き上げていった人間の人生を感じた。

この生き方に大変敬服し、当館もこの「個人立」という語を使わせていただくことにしたわけである。


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